「序論が書けません」これは毎年のように聞かれる言葉です。書く内容が比較的はっきりしている方法や結果に比べ,序論を書くのは難しいと感じられやすいようです。
序論は論文の導入部分であり,分野や領域によって違いもあるでしょうが,一般的には研究背景や研究の意義,目的などを書く場所です。_これまでにどんな研究が行われ,何がわかっており,何がわかっていないのか。自分が行った研究は何を明らかにしようとするものなのか。なぜそれを明らかにしようとするのか。_序論にはこれらの情報が含まれていなければなりません。
一般的な序論の構成を大まかに示すと次のようになります。
これらの書き方のヒントを順に見ていくことにしましょう。
「論文構成を考える」の記事にも書いたように,卒業論文では論文全体の話の流れが重要です。そのためには全体の文章構成をよく考えなくてはなりません。そこでまず最初に必要となるのが,論文の読み手に論文で扱うテーマに関心を持ってもらうことです。
たとえば,対人コミュニケーションに関連する概念に「パーソナルスペース」と呼ばれるものがあります。これは,個人の周囲にあり,他人には入って欲しくないと感じるような心理的領域のことです。あなたがこのパーソナルスペースに関して何か研究を行ったとしましょう。どのようにして導入部分を書き始めるのがいいでしょうか。書き出しの例をいくつか見てみることにしましょう。
パーソナルスペースとは,個人の周囲にあり,他者の侵入を不快に感じるような心理的領域のことを言う。パーソナルスペースに関する研究では,Hall (1966)による対人距離の分類がよく知られている。
このように,最初から「パーソナルスペースとは〜」と説明を始めるのも1つの方法ですが,こうした書き出しはやや唐突に感じられることでしょう。まだ読み手の準備ができていない段階で,いきなり本題に入っているからです。より専門的な研究論文の場合,読み手のほとんどはその研究領域の専門家ですから,「○○理論によれば〜」や「これまでの研究によれば〜」など,最初から専門的な話題で始めてもよいでしょう。しかし,卒業論文の場合には,もう少し親しみやすい日常的な話題から入っていくのがよいと思います。
見知らぬ者同士が大勢集まるような場面では,人々は自分と他者の間にある程度距離をとろうとする。大教室の授業で隣の人と席を1つ以上空けて座ったりするのがその例である。そして,満員電車のように見知らぬ他者との距離が十分に保てない場面は,非常に不快なものに感じられる。これは,私たちがパーソナルスペースと呼ばれる心理的空間を持っているからであると考えられている。パーソナルスペースとは ……
こちらの書き出しでは,「知らないもの同士が集まる場面」や「大教室での授業」など,まずパーソナルスペースに関連した日常的な例や場面を挙げたうえで「パーソナルスペース」という概念を取り上げ,説明を加えています。このようにしてまず身近な話題を取り上げることで,その論文で扱うテーマが読み手にとってよりイメージしやすいものになります。このように,導入部分はまず日常的で一般的な話題からスタートし,具体例をいくつか挙げながら論文のテーマに話題を絞り込んでいくようにするのが良いでしょう。
論文のテーマを明確に示した後は,そのテーマに関する用語や概念の説明を行います。とくに,あまり一般的でない概念や用語を用いる場合には,はじめにその定義をきちんと説明しておく必要があります。用語や概念の定義については,それが誰によるものなのか,その定義がどの文献で用いられているのかなどを示すことも重要です。
たとえば,パーソナルスペースの定義について,
パーソナルスペースは個人の周囲にあり,その個人が自分の所有するテリトリーだと感じる領域である。
とだけ書いた場合には,著者(あなた)が独自に定義したものなのか誰か他の人による定義なのかがはっきりしません。また,この定義がどれだけ一般的で,広く認められているものなのかもわかりません。
Hall (1966)によれば,パーソナルスペースは個人の周囲にあり,その個人が自分の所有するテリトリーだと感じる領域である。
こちらの書き方では,ここで用いられているパーソナルスペースの定義がHall (1966)という文献で用いられているものであり,著者の独自の定義ではないことが明白です。また,Hall (1966)という文献が多くの論文や書籍で引用されているものであれば,この定義が一般的で広く認められているものであるという根拠になります。
なお,1つの概念について複数の研究者が様々に定義している場合というのもあるでしょう。 概念によっては,同じ用語を使っていながらかなり異なった定義である場合もあります,そのような場合には,代表的な定義のいくつかを取り上げたうえで,その中から自分の研究目的に沿ったもの1つを選ぶことになります。その際,複数ある定義の中からその定義を選んだ理由をきちんと説明する必要があります。
Hall (1966)によれば,パーソナルスペースは個人の周囲にあり,その個人が自分の所有するテリトリーだと感じる領域である。また,XXX (19xx)は,パーソナルスペースを次のように定義している。[中略]本研究では,・・・という点を考慮し,Hall (1966)によるパーソナルスペースの定義を用いることにする。
また,代表的な定義が複数あっても,それらが比較的似たものである場合には,それらをひとまとめにしてしまってもよいでしょう。
Hall (1966)によれば,パーソナルスペースは個人の周囲にあり,その個人が自分の所有するテリトリーだと感じる領域である。また,XXX (19xx)は,パーソナルスペースを次のように定義している。[中略]これらの定義をひとまとめにすると,パーソナルスペースは・・・であると考えることができる。